遠野物語
赤き椀…川上より赤き椀一つ流れて来たり。
あまり美しければ拾い上げたれど、
これを食器に用ゐたらば汚しと人に叱られんかと思ひ、
ケセネギツの中に置きてケセネを量る器となしたり。
しかるにこの器にて量り始めてより、いつまで経ちても
ケセネ尽きず。(ケセネ…米稗その他の穀物)
赤い魚…たいそう古い栃の樹が数本あって、
根元には鉄の鏃が無数に土に突き立てられている。
鏃は古く、多くは赤く錆びついている。
この森は昼でも暗くて薄気味が悪い。
中を一筋の小川が流れていて、昔村の者、
この川でいわなに似た赤い魚を捕り、
神様の祟りを受けたと言い伝えられている。
(新版『遠野物語』柳田国男、p.41、p.134、より)